すもにゅ~

大相撲ファンによる大相撲の2ちゃんねるまとめです。

    引退

    1: すもにゅ~ 2021/10/01(金) 15:41:47.63 ID:CAP_USER9
    NHK 2021年10月1日 15時25分

    30日に現役を引退した元横綱 白鵬の間垣親方の現役引退の記者会見が、午後3時から東京 両国の国技館で開かれています。白鵬が引退してから公の場で話すのは、この会見が初めてです。
    引退を決断した理由や今後、親方としてどのように後進を指導していくのかなど会見での発言を随時更新してお伝えします。

    会見 詳細
    【冒頭】
    師匠の宮城野親方が、引退した白鵬について「後進の指導にあたってしっかりと協会のために頑張ってくれると思います。多くの力士を育て上げて皆様方に貢献出来るように頑張っていく所存ですので、これからもよろしくお願いします」と話しました。

    白鵬は会見の冒頭であいさつし「本日は足元が悪い中、お集まりいただき本当にありがとうございます。白鵬改め、年寄『間垣』を襲名し、後進の指導にあたります。20年の現役中は大変お世話になりました。活躍の場を与えてくれた日本相撲協会に感謝申し上げます」と述べました。

    【名古屋場所10日目に決断】
    白鵬は引退を決断した時期について
    「進退をかけた名古屋場所でひざが言うこときかず、ふた桁勝利が目標だった。10勝をあげた10日目で親方などに引退することを伝えた」
    と話しました。

    【「迷いはなかった」】
    引退の決断に迷いはなかったかという質問に対して白鵬は「迷いはなかったと思います。やっぱりひざのことを思えばなかったと思います」と話しました。
    そのうえで家族に引退を伝えたときの状況については「子どもたちから頑張って欲しいという声はありました。母に電話したときは『よく頑張った。身体が大事ですから』ということでした」と述べました。

    【本当に相撲が大好き】
    白鵬はおよそ20年の現役生活を振り返って「早いような感じがします。本当に相撲が大好きで幸せ者だなと思います」と述べました。
    相撲界への第一歩について「師匠が私に声かけてくれたおかげで今があると思うので、この場を借りて師匠に感謝します」と述べました。
    そして、唇をかみしめながら「感謝の気持ちと今後、師匠のもとで親方として一から勉強します」と述べました。

    【親方にほめてもらいたい一心で稽古】
    白鵬は師匠の宮城野親方について「師匠は優しくて本当に感謝してますし、親方にほめてもらいたい一心で稽古に励んでいました。その思いが関取、大関、横綱に昇進することにつながりました」と述べました。
    また、準備運動に時間をかける稽古については「体が細かったので大きくしないといけないという思いと師匠の考えがありました」と話しました。

    【一つ一つの積み重ねの結果】
    白鵬は現役中に掲げていた目標について「大相撲に入るときは横綱になりたいという夢があったが、45回優勝したいという思いはありませんでした。一つ一つの積み重ねがこの結果につながったと思います。師匠の稽古、その基本の大切さを守ってきたことが、勝利につながったのかなと思います」と話しました。
    横綱としての地位の重みについては「大鵬親方に『横綱の宿命の中で頑張らないといけない、負けたら引退』とことばをかけられました。昭和の大横綱のことばは重かったです」と話しました。

    【6場所休場し大変思うものあった】
    白鵬は大鵬親方から「負けたら引退」と言葉をかけられたことについて「6場所休場したときには、大変思うものがありました」と述べました。

    【白鵬とは】
    白鵬は進退をかける意向を示して出場した名古屋場所で、史上最多を更新する45回目の優勝を全勝で果たしながらも引退を決断しました。

    白鵬は15歳で宮城野部屋に入門し、平成19年夏場所後に第69代横綱に昇進しました。

    通算の勝ち星は1187勝、優勝回数45回、横綱在位はおよそ14年にわたる84場所で、いずれも史上最多を記録し、現役生活およそ20年で大相撲の記録を次々と塗り替えました。

    日本相撲協会は30日の理事会で、横綱 白鵬の引退と年寄「間垣」の襲名を承認しています。

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211001/k10013258161000.html
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    1: すもにゅ~ 2021/09/27(月) 03:53:36.36 ID:CAP_USER9
    大相撲で史上最多となる45回の優勝を果たした横綱 白鵬が現役を引退する意向を固めたことが関係者への取材でわかりました。

    白鵬は、右ひざの手術の影響などで休場が続き、去年の11月場所後に横綱審議委員会から「休場があまりにも多い」として「引退勧告」の次に重い「注意」の決議を受けていました。

    ことし3月の春場所は、再び右ひざのけがで3日目から途中休場して場所中に手術を受けました。

    白鵬は、7月の名古屋場所に進退をかける意向を示しリハビリとともに土俵上での稽古を再開したうえで、6場所連続休場から復帰しました。

    その名古屋場所では、初日から連勝を重ねて史上最多を更新する45回目の優勝を全勝で果たしました。

    直後のNHKの取材に対して「体もあちこちぼろぼろだ。先のことはゆっくり考えたい」などと話していて、秋場所に向けた合同稽古に姿を見せたもののその後、同じ部屋の力士が新型コロナウイルスに感染したため秋場所は初日から休場していました。

    関係者によりますと、白鵬は痛めた右ひざの状態などから、今後本場所で横綱として15日間土俵を務めることはできないと判断し、現役を引退する意向を固めたということです。

    また、白鵬はことし5月には、年寄名跡を取得していますが、親方になるための正式な手続きは近く行われる見通しだということです。

    白鵬はモンゴル出身の36歳。

    15歳で宮城野部屋に入門し、天性の体の柔らかさに厳しい稽古による力強さや卓越した技を兼ね備え、平成19年夏場所後に69代横綱に昇進しました。

    通算の勝ち星は1187勝、優勝回数45回、横綱在位はおよそ14年に渡る84場所でいずれも史上最多を記録していて現役生活20年で大相撲の記録を次々と塗り替えてきました。

    おととし9月には日本国籍を取得し「強いお相撲さんを育てることが1つの恩返しだと思う」と話し将来は親方として後進の指導に当たる意向を示していました。

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210927/K10013278171_2109270319_2109270320_01_02.jpg
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210927/amp/k10013278171000.html

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    1: すもにゅ~ 2021/08/26(木) 06:39:04.24 ID:CAP_USER9
    日刊スポーツ2021年8月26日5時0分
    https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202108250000576.html

    大相撲の連敗記録を持つ序ノ口の勝南桜(しょうなんざくら、23=式秀)が7月の名古屋場所を最後に引退したことが25日、分かった。今月7日に茨城・龍ケ崎市の部屋で断髪式を行い、引退届も提出済み。先場所更新した自身が持つ連敗記録「104」を止められず、土俵に別れを告げる。

    引退は本人から申し出た。電話取材に応じた師匠の式秀親方(元前頭北桜)によると、7月場所直後に相談を受けたという。「『体力の限界』『引退をしたい』と。私としてはまだまだ頑張ってほしかったが、彼の気持ちを受け止めた」と、弟子の決断を尊重した。

    15年秋場所の初土俵から通算3勝238敗と白星は重ねられなかったが、師匠はその過程を評価する。「負けても負けても挑戦していったことに彼のいいところがあるし、素晴らしさだと思う。土俵では連敗記録が目立ったかもしれないが、稽古場で朝一番早く土俵に降りてきて、一生懸命稽古して、掃除やちゃんこ番、あいさつ、礼儀を彼なりに頑張ってきた」と強調。現在は神奈川の実家に戻っており、第2の人生に向けて準備を進めているという。師匠は「まだ若いのでね。まずは実家で体を休めて、焦らず頑張ってほしい」とエールを送った。

    ◆勝南桜聡太(しょうなんざくら・そうた)本名・服部祥多。1998年7月16日、神奈川県茅ケ崎市生まれ。「服部桜祥多」のしこ名で15年秋場所で初土俵。21年初場所で「服部桜太志(ふとし)」から「勝南桜聡太」に改名。下の名前は将棋の藤井聡太二冠にあやかった。更新中だった連敗記録「104」は19年初場所の6番相撲から始まった。自己最高位は東序ノ口9枚目。身長180センチ、体重90キロ。得意は右四つ、寄り。

    【104連敗の勝南桜が引退、通算3勝238敗】の続きを読む

    1: すもにゅ~ 2021/08/12(木) 07:38:41.19 ID:CAP_USER9
    日刊スポーツ2021年8月11日16時36分
    https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/202108110000500.html

    日本相撲協会は11日、元幕内の磋牙司(39=入間川)の引退を発表した。同日付で引退届が提出され、受理した。静岡・沼津学園高2年の時に高校横綱となり、東洋大に進学。身長167センチのため、第2新弟子検査(現在は廃止)をへて角界入り。04年春場所で初土俵、07年九州場所で新十両、10年春場所で新入幕。最高位は西前頭9枚目で、7月の名古屋場所は東三段目77枚目だった。師匠の入間川親方(元関脇栃司)は「真面目で相撲が大好きな力士だった。ケガだらけで年齢的にも厳しくなった」と惜しんだ。今後は地元・静岡で第2の人生を歩む。

    磋牙司(2019年7月9日撮影)
    https://www.nikkansports.com/battle/sumo/photonews/photonews_nsInc_202108110000500-0.html

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    1: すもにゅ~ 2021/06/25(金) 15:54:52.19 ID:CAP_USER9 BE:504421303-2BP(0)
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    6/25(金) 15:41
    東スポWeb

    元関脇・勢の春日山親方 が引退会見「やれるだけのことはやった。納得している」 
    引退会見を行った元関脇勢の春日山親方
     大相撲の元関脇勢の春日山親方(34)が25日、オンラインで引退会見を行い「やれるだけのことはやった。納得している。気持ちもスッキリした思いでいる」と語った。

     元横綱稀勢の里(34=現荒磯親方)や元大関豪栄道(35=現武隈親方)らと同世代で「花のロクイチ組」の1人として、2005年春場所の初土俵からアキレス腱の負傷や蜂窩(ほうか)織炎のアクシデントに見舞われながらも土俵に立ち続けたが、今年1月の初場所で左親指骨折のため初めて休場。連続出場は1090回でストップし、春場所、夏場所を全休していた。

     そんな骨折箇所は「2度手術して、まだあまり親指は動かない」状態だという。また、春日山親方はは「休むときはやめるときというぐらいの気持ちで毎日取り組んできました」と内に秘めていた思いを明かした。

     それでも「やりきりました。よくここまであきらめず、腐らず、自分自身を貫いてやってこれた」と春日山親方。今後は指導する立場として「心も体も丈夫な、決してあきらめない、強い力士を育てていきたいと思います」と力を込めた。

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    https://news.yahoo.co.jp/articles/de9a16f687076ee3edbbc9550cc4d20587b355d8

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